第二巻 第15回 「査問会議」

週初(26日)から、ドルが底堅い展開となった。

サンクスギヴィング・デー(11月第4木曜日)の翌日に当たるブラックフライデー(大規模安売り)の売り上げが極めて好調だったことが引き鉄である。

年末商戦の初日イベントが好調であれば、米株式市場に大きな期待が湧かないはずはない。
リスクオンの動きで米株が上昇し、米長期金利が上昇した。

為替市場の参加者がドルを買わざるを得なくなったのは言うまでもない。

ショートカットを巻き込みながら、ドルが上昇し続け、週半ば(28日)のニューヨークでドル円は114円03銭まで上昇した。

だが、その直後のパウエルFRB議長による「政策に既定路線はなく、金利は中立金利をやや下回る」との発言でムードが一変した。

FRBが「世界経済の鈍化が米景気に影響を与える」可能性を直視し出した証である。

ドル円はパウエル発言直後から、一挙に113円台前半へと沈んだ。

翌日(29日)、東京では市場が戸惑いを見せていた。

東城から呼び出しが掛かったのは、その日の午後のことだった。

 

「お前のディール絡みでMOFからの呼び出しを受けた件だが、嶺さんが査問会議を開きたいと言って来た」
執務室のソファーに座るなり、東城が言う。

「予想通りですね。

それで、他の出席者はどなたでしょうか?」

「田村、嶺、それにコンプラと人事から誰かといったところかな」

「ニューヨークからは?」

「とりあえずは誰も来ない。
ただ、いずれかの時点で清水支店長と横尾は呼ばざるを得ないだろうな」

「田村さんや嶺さんは、私と東城さんの話を聞いた上で、彼等と打ち合わせをしたいってことでしょうか?」

「まあ、そんなところだろう。
で、お前は、どこまでやるつもりだ?」

「はい、本部内の風通しを良くするためには、すべてです。

つまり、横尾、田村、清水、嶺の一掃です。

横尾さんについては、ディールに関連して不審な行為が見られること、それにジムを自殺に追い込んだ可能性があること。

清水さんについては、他本部の損失をうちの本部に押し付けた結果、山際さんの病を悪化させ、さらには横尾さんと共にジムを自殺に追い込んだ可能性があること。

田村さんについては、多々ありますが、9年前に私に罠を仕掛けたこと。

本部の最高責任者である嶺さんについては、田村さんや横尾さんの行動を看過し、保身に励んだこと。

私はズーッと、これらの件を公の場で暴き、正式に処分する機会を待っていました。
今回の査問会議はその絶好の機会です。

彼等はこの査問会議で私と本部長を追い落としたいと考えているのでしょうが、私は逆に、その場で過去の彼等の行為を責めるつもりでいます。

私は住井派でもなく、日和派でもなく、両者の統合銀行であるIBTに入行しました。

ただ、入行して以降、できるだけ公平な目で見る様にして来ましたが、日和派のやり方はあまりにも歪んでいます。

住井銀行出身の副頭取や本部の担当常務が去った後、嶺さんがうちを恣意的に仕切っているのは歴然としています。

実力では本部長に敵わず、やがては追い抜かれると恐れているため、嶺さんは本部長や私に不条理なことを押し付けてきました。

本部長は以前、私に‘お前なら、行内の軋轢を払拭できる’と仰いましたが、正々堂々とそうできる日は遠い先のことかと思います。

そこまでは待てません。

ですから、やや強引ですが、この機会を捉えて彼等を駆逐したい・・・」
そこまで話すのが精一杯だった。

「分かった。
お前がそう言うくらいだ。
どうせ辞めることを考えてるんだろう。
だったら、お前の好きな様にやれ。

こうなるんだったら、お前をニューヨークから呼び戻さなければ良かったのかも知れないな」
怪訝なのか、少し屈託のある重い声を残すと、窓際へと歩いて行った。

いつもなら遠くの皇居の森に目をやるはずの東城が、眼下の日比谷通りを見下ろしていた。
何か考えているのが窺える。

「会議は来週水曜日の午後3時からだ」
暫くして声を発した。

「了解しました。
ご迷惑をお掛けします」
と言い残し、ソファーから立ち上がり、ドアへと向かった。

すると、
「了、ニューヨーク出張を命ずる。明日の便で立て。
こうなったら、彼等に有無を言わせないほどの証拠を持って帰れ」という声が背後で響いた。

「はい、本部長」
振り返り、東城の目を真っ直ぐに見据えて応えた。

東城はレポート用紙に一筆添え、「何かのときにはこれを使え」と言いながら、手渡して寄越した。

ボトムに「International Finance Headquarters」と印刷された用紙には、東城のサインだけが記されていた。

用紙に調査項目を記載し、関連部署のスーパバイザーに見せれば、本部関連のことはすべて調べることができる。

 

‘このひと(男)は俺が山下に頼もうと思ったことを、自分でやってこいと言ってるのだ’

 

礼を言い終えると、再びドアへと向かった。

「年末までには一杯やろうな」
背中で聞いた東城の声からは、数分前までの厳しさが消えていた。

右手を後ろ手に挙げ、親指を立てた。

 

‘やることは一つだ。
横尾が田村やスイス系ファンドと電話で話した内容を調査するだけである’

横尾のレポーティングラインは俺だが、行内の階級は同じだ。
だから、俺の調査を横尾が阻止する可能性がある。

だが、本部長東城のお墨付きがあれば、彼も阻止はできない’

 

自席に戻ると、「悪いが、明日ニューヨークに行くことになった」と沖田に告げた。

「例の件ですか?」

「ああ、俺の査問会議が来週の水曜日にある。
そのためには、敵を封じ込めるためのエヴィデンス必要だ。

悪いが、土曜日に国際金融新聞の木村に来週の予測を送っておいてくれ。

時間がなければ、114円台があれば売りだとだけ伝えれば良い。
予想レンジは112円30銭~114円50銭だ。

もっとも、お前に頼んだんだ。
お前の書きたい様に書いて構わない」

「いえ、私もそんなところです。
いずれにしてもお気をつけて!」

 

翌日(30日)、羽田10:20発NH110でJFKに向かった。

CAを呼び、次の食事はスキップする旨を伝え、マカラン12年を頼んだ。

持参したBose のQuiet Comfortをウオークマンに繋ぐと、Y. Kishino のアルバム Rendez-Vousを選択した。

最初のトラックが ’Manhattan Daylight’だ。

心がニューヨークへと飛ばないはずがない。

 

‘週末は久々にマンハッタンでクリスマス気分かな。

できれば、マイクが20日頃に送ってくるというクリスマス・プレゼント、前倒しでアストリア・
ホテルまで送ってほしいものだが’

 

(つづく)

 

この連載は新イーグルフライから抜粋したものです。